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ボルネオ保全トラストCOOより
「BCTボルネオ保全トラストが結ぶグローバルパートナーシップ」 |
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| ボルネオ保全トラスト事業責任者
坪内 俊憲 |
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物多様性条約 |
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1992年、172ヶ国の政府代表と国際機関やNGOが参加し、リオデジャネイロで開催された地球サミット(UNCED:国連環境開発会議)で「アジェンダ21」が採択された。締結後15年が経過した生物多様性条約は、持続可能な発展を実現するための21世紀の予定表である「アジェンダ21」の第15章を国際法としたものである。
しかしながら、今尚、生物多様性保全という言葉が市民権を得ているとはいいがたく、「アジェンダ21」の根幹理念であるグローバルパートナーシップは、中国の経済成長に伴う資源獲得競争が顕著となるとともに、いたるところでほころびが見えている。このままでは生物種の絶滅が加速度的に進行してしまう。すでに、人類生存のよりどころである地球の有限生態系に破壊的な変化が起きるという予測が数多く報告されるようになっているが、その危機感が社会全体に浸透しているとはいいがたい。
ボルネオ島は極めて高い生物多様性(メガダイバーシティ)を誇る熱帯雨林に覆われ、オランウータン、テングザル、ボルネオゾウなどの多様な動物に住処と食料を提供してきた。マレーシア連邦サバ州は、ボルネオ島北部に位置し、北海道とほぼ同じ広さ(約75万km2)で、1970年代までは、全体の80%がうっそうとした熱帯雨林に覆われていた。しかし、1970年代後半、開発圧力が高まり、大規模森林伐採が行われた。伐採された木材のほぼ60%は日本で消費されている。続いてアブラヤシプランテーション開発が急速に進んだ。1994年からの10年間に、年間東京23区よりもはるかに広い710km2も拡大し、2006年には面積の17%弱を占めるようになった。
開発圧力が高まる中、州政府は州立公園、森林保護区、野生生物保護区を設置し、開発と保全のバランスをとる努力をしてきた。しかしながら、保護区の生態系は、植物油需要の高まりとともにアブラヤシプランテーションによって分断、隔離されてしまった。結果、オランウータンやボルネオゾウによるアブラヤシ、農作物の被害が増加し、人間と野生動物との衝突が顕著になってきた。さらに、隣国から仕事を求めて入ってくるプランテーションの低賃金労働者によって、野生動物の密猟が横行するようになってきた。 |
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窮地の野生生物 |
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1数字で表される利益だけを求めるプランテーションマネージャーの指示によって、殺害されるオランウータンやボルネオゾウ、貧困労働者の仕掛けた密猟罠のロープが足や鼻に食い込んでゆっくり苦しんで死んでいくボルネオゾウの子象が報告され、アブラヤシ産業自体が野生動物を絶滅の淵に追い込んでいる印象を与えるようになってしまった。そして、欧米NGOが、焼き殺されたり、溺死させられたオランウータンのポスターを配布したり、殺されたボルネオゾウがキナバタンガン川クルーズ観光客の目前を流れていく写真がメディアに登場するなど、欧米でパーム油を使った商品の不買運動にまでつながる事態となってきた。 |
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ボルネオゾウ(サバ州野生生物局提供) |
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保護区の設置へ |
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2002年から5年間、国際協力機構JICA(Japan International Cooperation Agency)が協力し、サバ州政府とサバ大学がボルネオ生物多様性・生態系保全プログラムBBEC(Borneo Biodiversity and Ecosystem Conservation Programme)を実施した。プログラムは研究・教育、公園管理、棲息域管理、そして、普及啓発の4つのコンポーネントで構成され、野生生物局は棲息域管理の主務機関となってプロジェクトを推進した。
私は棲息域管理専門家として2003年2月から4年間派遣され、棲息域管理コンポーネントへの助言や調査などを行った。コンポーネント目標は、東京23区の2倍弱の面積(12万ha)を有するサバ州東部のタビン野生生物保護区と、クランバ野生生物保護区の間に残る河岸林・湿地林を、地元の人たちとともに新しい野生生物保全区として設置し、管理基盤を作ることであった。
プロジェクトを実施している間にも、次々に土地を買収して拡大を続けるアブラヤシプランテーションが、保護区周辺や間の土地を入手して保護区に肉薄してきた。広大な海にぽつんと浮かぶ孤島のような保護区の生態系に、アブラヤシプランテーション開発の波が津波の様に襲い、その開発の恩恵から取り残されて、立ちすくむ少数民族や地域住民の困惑が、現場活動を通して手に取るように理解できた。このような状況での、棲息域管理コンポーネントは、住民やアブラヤシプランテーション関係者とどのようにパートナーシップを構築すれば、生物多様性保全を達成し、次の世代が安心して生活を営むことができる生態系を確保できるかという挑戦的な試みであった。 |
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日本での啓発 |
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| 2004年、福留功男ニュースキャスターがわれわれの試みを日本のODA50周年記念番組として取材し、放映してくれた。2006年には国連環境計画加藤登紀子親善大使が保護区の淵に立ちすくむ少数民族の村に滞在し、プランテーションと保護区の間でボルネオゾウと共に暮らす村のことを歌にして、元気付けてくれた。5年間の活動の結果、ほんのわずかなギャップ(150ha)があるものの、住民とともに保護区を繋ぐ生態系の回廊を作ることができた。2006年には、村民主体で運営するホームステイエコツアーに約140名の参加を得た。JICA海外教師研修で村に宿泊してくれた日本の先生方も、村での生活を通して生物多様性保全と自らの生活との関係を知り、そのことを教育現場で子供たちへ伝える努力をはじめてくれた。 |
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国連環境計画親善大使 加藤登紀子氏 |
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| BCTボルネオ保全トラスト設立へ |
| プロジェクトの経験から、民間企業、特にアブラヤシから取れるパーム油や木材を利用している企業や人々等と政府、保全科学者、NGO、さらに地域の住民が手を繋いで、持続可能な発展という社会機軸を確立する、手法をつくらなくてはならないという認識が、野生生物局局長、副局長を中心に培われてきた。 |
そして、協力してくれているイサベラ博士、弁護士などを交えて議論を重ね、「ボルネオ保全トラスト構想」を観光・環境省大臣に提案した。構想を練りはじめて2年、紆余曲折はあったが、チチャード・リン氏(初代サバ州政府官房長官)、カイ・クウォック会長(シンガポール・シャングリラグループ、大規模プランテーション事業者)、更家悠介社長、サレー・ノー博士(元連邦政府森林総合研究所所長)、シリル・ピンソ氏(元サバ財団林業部長)、そしてパトリック・アンダウ局長(サバ州野生生物局)が参画し、2006年10月、サバ州トラスト法下の「ボルネオ保全トラスト」が認可された。
ボルネオで生産されるパーム油、木材、ゴムなどは世界各地に輸出され、世界のいろいろなところでたくさんの人々の生活を支えている。それらを利用している人々はパーム油が、木材が、ゴムがどのようなところで、どのようにしてつくられているか心に留めず、ふんだんに供給される良好な植物油、木材、ゴムによって便利な生活を享受しつつ、大量の食料品などを廃棄している。日本は食料の70%を輸入しているにも関わらず、年間2,100万tもの食品を捨てているのである。一方、その生活を支える資源を生み出すボルネオ島では、保護区の生態系は断裂、隔離され、オランウータン、テングザル、ボルネオゾウなどの多様な野生動物と人を結ぶ絆が解けようとしているのである。
ボルネオ保全トラストは、生物多様性保全のために重要な土地を獲得し、隔離、分断された生態系をトラスト地で連結し、解けつつある多様な野生動物と人との絆を修復して、みんなで一緒に生きていくメガダイバーシティ保全のボルネオ島とすることを目標にしている。そのためにまずやるべきことは、地元住民や保全活動を行っているNGOや住民と協力して、生態系を繋ぐ緑の回廊の生態系を修復し、オランウータン、ボルネオゾウなどの自由な移動を可能にして生物多様性保全を達成することである。 |
| グローバルパートナーシップ |
ボルネオ保全トラストの活動は、ボルネオ島で生産したパーム油、木材、ゴムなどの資源を利用している世界各地の企業や人々から、ほんの一部の費用を還元していただき、また、ボルネオ島の動物に関心を寄せる人々からの寄付を受け、多様な生物と人との絆を取り戻す試みである。それは即ち、パーム油という貴重な植物油、熱帯木材を利用している世界の人々と、ボルネオ島の生物多様性保全を結びつける、まさに「アジェンダ21」の根幹理念グローバルパートナーシップを構築することなのである。ボルネオ島で生産されるパーム油、木材、ゴムが使われれば使われるほど、トラスト地が増加し、健全で連続した生態系が拡大し、多様な生物が保全されていく手法の確立である。
これまで資源を用いて利潤を上げる企業活動と、野生生物保護は対立せざるを得ない関係にあると捉えられてきた。しかし日々明らかになってきているのは、GDPという数字で計る経済成長から脱却し、持続可能な発展という社会機軸を世界で確立しない限り、人類の生存が困難なことであり、企業活動と保全活動が手を携えなくてはならないということである。 メガダイバーシティの島、ボルネオ島の北部サバ州で産声を上げたボルネオ保全トラストは、多くの理解者、協力者を得て、「アジェンダ21」の根幹理念グローバルパートナーシップのモデルとなるよう確立を急がなくてはならない。そして、一日も早く、生物多様性保全という言葉が21世紀の人間社会に不可欠な持続可能な発展という社会機軸の指標として、世界中で認知されるよう努力を続けて行きたい。 |
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