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原料供給地の環境問題
サラヤの石けん・洗剤の主要原料のひとつはパーム核油です。 パーム核油の原材料であるアブラヤシについて、原料供給地の環境問題への取り組みをしています。
アブラヤシから搾るパーム油と私達の生活
アブラヤシの驚くべき収穫率
昨年2006年のアブラヤシの年間収穫量は3,690万t、植物油原料の中で1位の生産量でした。2位は大豆の3,519万t、3位がなたね、4位がひまわりとなっていますが、これらは食用のみならずバイオディーゼルへの利用が急拡大している植物油です。
アブラヤシは、赤道近くが栽培適地であり、熱帯の強い日射しを浴びて生育し、果実は一年中収穫可能です。右のグラフのように年間平均収穫率が3.74tと、他の3つを大きく引き離しています。
生産量
(百万t)
総生産量に占める
割合
平均
収穫量
(t/ha/年)
総耕作
面積
総耕作
面積に
占める割合
大豆
35.19
34.32%
0.34
92.63
42.27%
ひまわり
11.09
10.79%
0.48
22.95
10.27%
なたね
18.34
17.84%
0.67
27.29
12.45%
アブラヤシ
36.90
35.90%
3.74
9.86
4.50%
合計
102.78*
219.15*
*7大植物油のみの合計
生活の中のパーム油類
アブラヤシから搾るパーム油が、最も安価な植物油であることは当然のことで、それゆえパーム油は知らない間に、私達日本人の生活にも広く、深く浸透しています。 インスタント麺やファーストフード、ポテトチップスなどの揚げ油、マーガリンなど、お菓子やレトルト食品などに使用されることが多く、植物油と食品表示があるものはほとんどがパーム油です。 工業用には車のタイヤやキャンドル、石けん・洗剤、化粧品の材料である他、鉄鋼などの金属を圧延するときにもパーム油は使用されています。缶ビールや清涼飲料にも缶の製造過程でパーム油が使用されていることになります。 一方、エネルギーの石油への依存度を少なくするために、バイオディーゼルの利用がここ数年来、急増しています。パーム油をバイオディーゼルに加工してガソリンに混ぜるなど、エネルギーとしての利用が進んでいます。
サラヤ商品とアブラヤシ
手肌にやさしく洗浄力もしっかりした石けん・洗剤をつくるためには、ヤシ油(ココナッツ)から採れる脂肪酸が原料としてもっともすぐれています。サラヤは1952年の創業以来、シャボネット石鹸液やウォシュボン、ヤシノミ洗剤などにヤシ油を使用しています。 しかし1980年代になって、健康志向から食用の植物油の需要が多くなり、ヤシ油は原料不足になりました。1984年12月から商品の製造原料の一部に、成分がヤシ油に近いパーム核油由来の高級アルコールの使用をはじめました。パーム核油はアブラヤシの実からパーム油を搾った後に残った種子から採れる油脂で、石けん・洗剤の原料としてすぐれています。以後、パーム核油はサラヤ商品にはなくてはならない素材となりました。
アブラヤシについて
20世紀初頭、アフリカのコンゴでアブラヤシの原生林が発見されました。 マレーシアやインドネシアは、1950年代までは天然ゴムの生産が主流でしたが、合成ゴムの登場で需要の減少が懸念されたことと、高収量のアブラヤシのテネラ種が導入されたことで、1960年代以降は政府の主導により、ゴム園からアブラヤシプランテーションへの変換が進みました。 ゴムやココヤシは、小規模でも加工が可能ですが、 アブラヤシの果実は24時間以内に搾油しないと品質が落ちてしまうので、プランテーションには搾油工場の併設が必要となります。採算のためには、3,000haの広さが必要とされています。アブラヤシは約87%がマレーシアとインドネシアで生産されており、マレーシアが最大の生産国です。中でもこの2国に属するボルネオ島と隣のスマトラ島(インドネシア)が2大生産地です。 日本はパーム油の大部分をマレーシアから輸入しており、2006年のマレーシアからの輸入量は約529千t (中国が最大で約3,643千t)です。今、この世界的なパーム油の需要急上昇から、ボルネオ島やスマトラ島の熱帯雨林が急激に減少しています。
“アジアの森食い虫”
しかし、このマレーシアをはじめとするアジアの熱帯雨林の減少は、1960年代の木材輸入自由化にはじまります。この頃からバブル崩壊までの日本は、南洋材(アジアの熱帯雨林を伐採した木材)を買い漁るため、ODAで熱帯雨林伐採のための道を拓き、ショベルカーで森が破壊されるままにしてきました。日本は南洋材の最大の消費国でした。 マレーシアでは、ショベルカーを“hitachi”といいますが、当時のショベルカーがほとんど日立製であったことからはじまっています。日本は世界から“アジアの森食い虫”と非難を受けるほどの木材消費国でしたが、 今尚、それは変わっていません。
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